公平?

時間は、すべての人に等しく与えられるものだ、と言われます。収入や地位、年齢などに関係なくすべての人が1日24時間を平等に与えられる資源だからです。
ですが、本当に平等か、というとそんなことはないと皆さんお思いのはずです。
そもそも時間は厳格であるにもかかわらず、感覚 で感じるものでもあるため、状況、場所、環境に時間の感覚は常に左右されます。楽しい1日はあっという間、苦痛な1日もしくはその前日はとてつもなく長い1日であったりします。
アインシュタインさんも時間は一定ではない って論破しています。
また、時間の使い方によっては得られる成果は平等ではなく、計画的に時間を配分し、上手に使うことでその流れ方は大きく変わります。そういう努力をした人、したくてもできなかった人、知らなかった人、それぞれ状況は色々。
そういう意味でも平等とは言えないかもしれません。
そして公平性とは関係ないかもしれませんが、貯めることができないのも時間。(今の技術では と付け加えていいかも)消費するだけが時間です。
毎日、今日1日をどのように過ごすのか、限られた時間を有効的にどう使うかで時間は変わる。とはいえ何もせず時間を過ごすことで息抜きしたりするのも大事な時間。
有効な時間って難しいですよね。
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時の種類

時の種類
時間と単に言ってもいろいろありまして、広辞苑によると 時間 とは
(1) 時の流れの2点間の長さ
(2) 時刻を指す用法
(3) 空間と共に、認識または物体界の成立のための最も基本的で基礎的な形式を
なすものであり、いっさいの出来事がそこで生起する枠のように考えられて
いるもの
と解かれています。
(1)はストップウォッチですね
100m走など競技の計測、仕事にかかった時間などイベントの開始から終了までの経過時間を指します。 時の流れの2点間の長さは、日常的には「所要時間」や「経過時間」として測定・計算されて使われています。
(2)はピンポイントの時間、その瞬間を指す時に使われます。時刻表や到着予定時刻などキッチリとその時間を示す時に使われます。
時刻到来という言葉をご存知でしょうか。好機が来たという意味なのですが、チャンスは一瞬、そのピンポイントのタイミング、という意味なのだそうです。
さて、どうにもわかりにくいのが(3)です。
物事の根幹をなすのが時間であり縦、横、奥行きに時間が加わって4次元という現実空間を表すものといったところでしょうか。座標軸のX.Y.ZにWという軸が加わるといった方がわかりやす方もいるのでは。
ぞれでも曖昧な表現です。
4次元というと時空という言い方が発生するため、SFの世界のように感じられる方が多いと思うのですがそれとはまた別の概念です。
猫型ロボットさんのポケットの中のように無限の空間と言うのはSFの話でして、それも4次元なのですが、ここではちょっと別物になります。
物事を表すにはどういう形であれ時間という存在が必要になる。例えば、新品、骨董品、価値はどうあれ確かに時間軸がないとモノの価値は現しにくいかもしれません。そういうことなんだと思います。
一秒

ではそもそも、時間の物差しは何でしょうか
先の(1)にあたる時の流れの2点間の長さの話になります。
目に見えるわけでもない、重量もない存在自体がわからない。
アインシュタインさんの相対性理論では、質量と時間には関係ががあるのだそうですがそれはちょっとまたいずれ。
最初に言ったようにこれほど厳格でなくてはいけないのにわかりにくい不思議な存在が時間です。
まず初めに、地球の自転を基準として、一回転で1日と決められました。
そのうえで時間の基準は1秒間なのだそうです。
1956年までは、地球の自転周期から地球は24時間で1回転する、と定義します。すると24時間=86,400秒となります。それが基準の1秒。
その後、1967年までは、地球の公転周期が基準となります。地球が太陽の周りを一周する時間は(平均で)365.24日=31,556,925秒。それが基準の1秒。
ちなみに半端の0.24日は ×4(年)= 約1日 ≒ うるう年の1日分 です。
しかし自転も公転も、一定ではありません。自転周期や公転周期は、わずかながら、早くなったり遅くなったりするからです。
現在では地球基準使わず、セシウム(Cs)という原子の共鳴周波数を1秒の基準としています。これを利用して正確な時間を測る時計があり、原子時計と言われています。
原子時計には、産業技術総合研究所という国が運営する日本最大級の公的研究機関が開発した「NMIJ-F2」というシステムがるのですが、なんと7000万年に1秒しかずれないという、世界最高水準の高精度。
今から7000万年前にさかのぼると、恐竜が絶滅する400万年前になり、そこはティラノザウルスなどの大型肉食恐竜が全勢期の頃とのこと。高性能というレベルをはるかに超えています。
ずれたかどうかを確認することすらできませんね。
24時間

先の(2)の時刻を指す用法、つまり時刻を表す方法のお話になります。
時刻を表すのは普通1日の中で収まる数値ですが、まれに26時などはみ出して表現することもあります。運輸業や放送業など、日にちを跨いで活動する業界の錯誤防止として表記される場合です。
それはそともかく、最大を24時間とした時に、開始は0:00、一周回って0:00に戻ります。
ではそもそもなぜ24で区切るのか。
時は紀元前3500年~5000年、古代のエジプト人が24に区切ったからなんだそうです。ただ、彼らは1日を24で区切るのではなく、昼は日時計で、夜は星の動きで12に区切りました。
それを理解して決めたことは凄いと思いますが、当然昼夜の時間は変わるので、12の区切りも一定ではありません。ちなみにこれを不定時法と言います。
そもそも何で24なのよ、ってお思いでしょうが諸説あるらしく、実は24に限らず数字にはいろいろな意味を持っていたりしますが、これもまた別の機会に。
さて、日本人は結構24時間表記が好きだと思います。世界標準は12時間、例えば7:00am、12:30pmです。お隣韓国も午前は「오전(オジョン)」、午後は「오후(オフ)としています。世界的には24時間で表すのは基本的に公共交通機関や、軍事等正確な表記を求められるものくらいなのだそうです。
日本の方も大体普段使いは午前、午後ですが、ビジネスや外で見る表記は結構24時間表記が多いです。日本も元々は軍事表記から始まったそうですが、キッチリしてて間違えにくくしたいという日本人気質が表されていると言われています。
時間表現にも国柄が出るのですね。
日本独特

どうしても時間の話をする時に外すことができないのはひと昔の数え方。
古来日本独特のものですがちょっと面倒くさいのでお話の前にイラストを見てください。

イラスト本舗さん より
これは江戸時代の時間表現ですが、十二支で表現して 深夜0時に子(ね)から始まり、亥(い)で終わって一回りで1日です。
太陽を中心にお天道様が頂上に来るのを時計の頂上として、2時間ごとに区切って7個目の午(うま)の時がお昼。現在の午前・正午・午後の語源になります。
日の出、と日の入りの 卯 と 酉 を基準にしているので冬至と夏至では昼夜の時間感覚が真逆。つまり古代エジプトと同じ不定時法です。
この数え方は奈良時代にできたのだそうです。
これが江戸時代に入るともう少し細かくなります。
イラストには描かれていないのでわかりにくいですが、十二支の一つをさらに4分割します。これを四半時(しはんとき)と言いますが、呼び方はひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。例えば正午なら「うまふたつ」となります。有名な「草木も眠るうしみつどき」は深夜2時半、ということになります。
さて、室町時代の後半、信長さんの時代の少し前にまた違う数え方ができます。
イラストの干支の内側にある数字です。子と午の時刻に 九 から始まって 巳 亥の時刻に 四 まで下がってまた九に戻る。
これは、その時間に鳴らした鐘の音の数なのだそうです。
夜明けの 卯 の時刻に6回鳴らし、5、4、9、8、7の順。最後に酉の時刻に6回鳴らし、日が暮れたら鳴らさない。
ではなぜ9から順に4かというと、この時代、陰陽思想という、いわゆる静と動のような正反を重んじる考え方の中で、一桁の奇数で最大の9という数字が縁起がいい、という考えがあり、そこから起因しています。
午の刻は9回鳴らし、次の未は9の倍数で18。でも18も鳴らしたのでは多すぎて途中でわからなくなるから一桁目の8回鳴らす。申は9×3=27の一桁目で7、酉(卯)は36の6回、戌(辰)が45の5回で最後に亥(巳)で54の4回。半周してまた9に戻る。なぜ1、2、3、じゃないかというと、1回や2回だと鐘を聞き逃してしまうからなんだそうです。
有名ですがおやつ(お八つ)はここから来ています
(時計でいうとちょうど八つは3時じゃなくて2時のように見えますね笑)
四六時中という言葉があります。江戸時代は二六時中と言ったそうです。
2×6=12刻だから。 明治に入って今の24時間区切り(定時法)になって4×6=24 で四六時中になったそうです。
文明開花によって「年がら年中の表現」まで変わってしまいました。
過去・現在・未来

紀元前約3500年頃、エジプト人は方位碑となるオベリスク(太陽神のシンボル:四角柱の碑)を建て、オベリスクが太陽に照らされてできる影の位置を基にして午前と午後に分割。 これにより、歴史上初めて1日が分割され、時間の概念が誕生したとされています。先の12分割の話につながります。
現在は正確・厳密な各国共通に合わせた時間があります。
イギリスのグリニッジ天文台(にある子午線)から各国プラスマイナス〇〇時間というやつです。表記としてはUTC(Universal time coordinated)直訳すると調整した世界時間、通称は協定世界時と言います。UTCはUTともTUCとも 言われますが世界共通はUTCだそうです。
ところで、グリニッジ天文台が基準である理由は19世紀に遡ります。
イギリスには威厳であり、航海大国であったため航海や地図作成に必要な天体観測(星空観測)がグリニッジ天文台でで行われていて、そこから世界に普及していたことに由来するのだそう。
ところが、前に述べたように現在の時間の単位を決めるのはセシウム原子の振動。これを決定しているのはなんとイギリスではなくフランスにある国際度量衝局という国際標準化団体になっています。
メートル条約に基づいて発足した機関とのことでどうにもスケールの大きな話に。
さて、日本の基準はUTC+9、これも有名な兵庫県明石市の東経135度の子午線です。
ここで面白いのが日本の時間合わせも違う場所にあり、東京都小金井市にある「国立研究開発法人情報通信研究機構」の本部で18台のセシウム原子時計を用いて生成し、「日本標準時」という名称で供給しています。
いずれにせよ、ここまで正確になってしまえばもはや時はほぼ違わず世界中の何処でも同じ時を刻むことになります。
正確、明確。なんか有難いけど、キッチリすぎて疲れてしまう感じもあります。
時は 流れる って言います。
過ぎると表現してもいいはずなのに。
時間という存在をきっと誰も見たことはないけど、戻すことはできない、手を加えなければ行ったきり川の水みたいな。
その情緒的なとこから流れると表現するのではないでしょうか。
量子学の世界では未来の結果が過去を作る、未来が過去に影響を与える逆行性という概念が注目されているのだそう。ちょっと難しいのですがなんともミステリアス。
どちらに進むにせよ、時には急流、時には滞留、穏やかな日もあれば濁流の日もあって、良い時もあれば悪い時もある。
時計の針に縛られながらも時の流れに上手に乗って時には抗って、日々進んで行けたら一番いいですね。

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