ことわざ・慣用句

日常的に会話の中でふと出てくる言い回し。いつ、どんなタイミングで覚えたのか、どうやって覚えたのかはっきり記憶のある方はあまりいないのではないでしょうか。
小学校で習ったじゃん と言う方もいるでしょうし、中学受験では普通に問題として出てくるようです。(中学受験に関わったことがないのでわからないのですが)
いつ覚えたのか曖昧なのは、国語の教科書の中で古事としてして自然に出きていたからだと思います。そして普段の会話やメディの中でもでも普通に使われているため、自然に当たり前のように覚える。そんな感じだと思います。
例えば、「二兎を追う者は一兎をも得ず」、「論より証拠」、「転ばぬ先の杖」などいかにも国語の教科書に収録されている文章の中に収まっていそうな気がします。
いずれにせよ、教科書的に最初に覚えるのは小学校3年生あたりからなのそうです。
区分け

思いつくことわざ・慣用句を並べていくと、ことわざと慣用句は区別しづらいです。慣用句とことわざを普通の生活の中で区別するかい?と言われると確かにそうなのですが。
それはさておき、例えば《覆水盆に帰らず》に似た慣用句に《後の祭り》があります。言わずもがなですが前者は一度起きたことは元に戻らない、後者は後悔してもどうにもならないとなります。
どちらも言いたいことはほぼ同じ。じゃぁ結局何が違うの?って思うのですが、
ことわざは「風刺や知恵、教訓を表現したもの」であり、慣用句は「所作や感情を表す文句」と思って頂いて良いと思います。
さらに掘り下げると、ことわざはその言葉単体で文章として成立しますが、慣用句は「ふたつ以上の言葉が結びついて元の言葉とは違う意味を持つ言葉」です。
ちょっと小難しいですね。
じつは、ことわざと慣用句、お互いに似た意味のものは少ないようで、理由はそれぞれの用途が違うからだと思われます。
《犬も歩けば棒に当たる》(ことわざ)はそれだけで何を言いたいのか伝わります。しかし《足を運ぶ》(慣用句)の場合「解決のためにのために足を運ぶ必要がある」など主文(目的)~慣用句~述語(どうなる・どうする)というように文章にしないとあまり意味を持たないことが多いです。覆水~と後の祭り にも同じことが言えます、
話は戻りますが、普通に生活している中で慣用句とことわざを区別するのは難しいようです。やはり区別する必要はないですし、考える方が難しいと言うのが本音でしょうね。
正しく使えればそれで良いのだと思います。
言葉の技

知っているようで正確な意味を意外と知らないことわざと慣用句。
そんなことわざもあるのか、それことわざだったのか、というものをいくつか並べてみます。
・泣いて暮らすも一生、笑って暮らすも一生
それなら笑って暮らそうよ、ということですね。そんな歌もあったような。
・うかうか三十きょろきょろ四十
すぐ歳をとっちゃうよって言われてます。ガツガツ生きるのも疲れますけど。
・清水の舞台から飛び降りる
高さ13m、ビルの4階。覚悟というレベルを超えている。それくらいの覚悟。
・起きて半畳寝て一畳
そんだけありゃ寝起きできるという達観。諦めにしても極端すぎますね。
・水清ければ魚住まず
清らかすぎては人は集まらず。
・源流清ければ流れ清し
目上がが正しければ下のものも正しくなる。
・清濁合わせ飲む(慣用句)
善も悪も受け入れる度量も必要。以上、水の格言を3つ。なかなか難しい。
・お茶の子さいさい
お茶の子はお茶菓子 茶菓子のようにすぐに出せて簡単に食べられるから
さいさい ははやし言葉(調子を取るための意味のない言葉)
ことわざの特徴は、調子の良いリズム感で、リアルにそれだったらヤバいよね といようなう冗談的な感覚じゃないかと思います。そのセンスが心にスルッと入ってくる要素なのではないかと思うのです。どうでしょう。
外国の

ごく普通に日本以外にもたくさんのことわざがあるのでいくつかご紹介。
・終わりよければ全てよし(欧州)/時は金なり(英国)/類は友を呼ぶ(中国)
どれもご存知かと。 終わりよければ~ は シェークスピアの劇のタイトル。
・タンゴを踊るには二人必要(イギリス)
けんか両成敗、お互いに責任ある。
・火中の栗を拾う
そそのかされてリスクを負うの意味。日本では他人のために冒険を犯す。
結果は同じでも随分とニュアンスが違いますね
・ベーコンを手に入れようとソーセージを投げる(ドイツ)
タイでエビを釣る。ベーコンとソーセージはそんなに違わないような。
ドイツの方からすればエビもタイも同じかもしれませんね。
・潮が満ちたら急い雨で水を汲め(タイ)
濁った川でも潮が満ちた時だけは綺麗な水が汲めるのだそうです。
思い立ったら吉日、ですね。
・見つめる鍋は煮立たない(欧州)
カップ麺、お湯を入れてからじっと待ってると本当に時間が長い。
・便りがないのはいい知らせ(イギリス)
二人称だと連絡がない知人を慰める言葉。一人称だと痩せがまん的にも。
・料理人が多すぎるとスープがダメになる(イギリス)
日本の場合船頭さんが多いと船が山に登るようです。
・悪い職人はいつも道具のせいにする(欧州)
弘法筆を選ばずの逆でしょうか。耳が痛いです。
正しい使い方

ことわざや慣用句、どちらであれ、どんな意味があるのかを正確に理解することが大切だと思います。
三つ子の魂百まで、と言うとなんとなく、「幼い頃に身につけたことは老いても忘れない」と思いがちですが、「幼い頃の性格や癖は大人に何なっても変わらない」(そんなことはない気もするのですが…)という、どちらかと言うと負の意味です。
雀百まで踊り忘れずも同様。「幼い頃の良癖、悪癖は歳を重ねても変わらない」ということだそうです。
暖かいと思いきや意外と辛辣(しんらつ)な感じがします。
イソップ物語はみなさんご存知かと思います。動物を擬人化したお話が多いですが、ここから派生したことわざも多くあります。
・猫に鈴をつける(実行が困難なこと)、~タイトルはネズミの相談~
・すっぱいぶどう (負け惜しみ)~タイトルはキツネとぶどう~
・先ほどの、火中の栗を拾う、もそうです
~猿が猫をおだてて囲炉裏から焼けた栗を拾わせるお話し~
・オオカミ少年(慣用句)
などがあります。
やはりこちらもまぁまぁ辛辣。だからこそ教訓として意味があるのでしょう。
ことわざは漢字で書くと 諺。言(言葉)を彦(飾る)=教えを美しく飾った、となるそうです。
また言技とも書き、巧みな表現ともとることができます。とても深いです。
改めて、意味を正しく知ることも大事ですが普段からそれらがすぐに出てくるボキャブラリーを持つことが一番なのではないかと思います。
欲しいです、ボキャブラリー。


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